〇駄犬の独り言〇

せっかく複数のブログが作れるらしいので、メイン以上に駄文を垂れ流そうと思います

今きっと、36年前のあなたの気持ちです。

天国(もしくは地獄)にいるオヤジ様。


兄弟の中でもダントツに出来の悪くて、

自慢できることも何もなかった僕が、

今日、やっと父親になりました。


僕は三人兄弟の次男なのに、子を授かるのは最後になってしまいましたが、

それはまあしょうがないよね。



まだ産まれて半日しか経ってなくて、

自分みたいなもんに子供が出来た実感とか、あんまりないんだけど、

だけど今、本当に嬉しくて、何もしてなくてもニヤニヤしてしまいます。



オヤジ様。

あなたは36年前、この世に生まれ落ちた僕を前にして

同じような気持ちになってくれたのですか?


もしそうだとしたら、

僕は今すぐにでもお礼を言いに行きたいです。




ずいぶん時間がかかってしまいましたが、

こんな感情を持てる人間にしてくれてありがとう。


あなたたち二人の子供で良かったです。

僕の「一番」は子供にしないことに決めた

あと2ヶ月。

あと2ヶ月で僕らも「親」になる。


これまで散々、兄弟や友人知人の「子供のいる家庭」を見てきたのに、

いざ自分の番になると思うと、その映像がなかなか浮かばない。


自分なんかが、ちゃんと親になれるのかな。

不安。

楽しみだけど不安。


・・・


妻はといえば、お腹に新しい命を宿して丸7ヶ月。

毎日、母親の顔で我が子に話しかけている。


この様子を見る限り、これからの人生、

彼女にとっては、

きっと子供が一番になるだろう。


時間もお金も心も体も、そのすべてを子供のために費やすのだろう。



一方、僕はといえば。


もちろん、子供のことは大切にする。

妻がお腹を痛めてこの世界に生み落としてくれた、

大事な大事な自分の子供だもの。



でも近頃、時々思う。



子供なんて、いつかは親の目も、手も届かないところへ行ってしまう。



いや、むしろ、そうでないと困る。




子供にべったり、好き好き!大好き。


いつまでもそんな風でいては、

いつか去っていく我が子に対し、

僕はきっと、寂しくて寂しくて

いつまでも立ち直れなくなってしまうだろう。


子供のためでもあるのだけれど、

僕は僕のために、早い内から耐性を付けたい。



・・・


ところが現実を見てみると、

周りには「子離れ出来ていない親」も多いように見える。


いい年した成人がいつまで経っても親元で脛をかじっていたり、


逆に親の方も、このままではいけないという思いがあるにも関わらず、

一向に巣立たない子供に対して、何のアクションも取れずにいたり。


そんな家庭が少なからず、ある。


それだけ子供ってやつは、大切で愛おしくて、かけがえのないものなんだろう。



本当は早く手放さなきゃいけないことは分かってるんだけど、

ずっと傍にいてもらいたい気持ちが勝ってしまうのだろう。




でも、

いつまでも自分が、子供に吹き付ける雨風を防いであげてしまったら。


その子供は、人生の苦難を知らぬまま、体だけが大きくなる。


一方、心は子供の頃のまま。



これではコナン君の逆バージョンだ。

黒ずくめの男たちに薬を飲まされたワケでもないのに。


でも、そんな逆コナン君が、世の中にはたくさんいる。





つらいこと、かなしいこと。

たいへんなこと、のりこえなきゃいけないこと。


子供が巣立とうが停滞していようが、

あとからあとから次の人生の課題は降りかかる。



小さな内から、ひとつひとつクリアして、

次はもう少しだけ大きな山を超えてみよう。


成長期であれば、空の飛び方だってすぐ上手になるし、

そんな中で、人生を共にしたい相手とも出会えるだろう。



ところが、巣立ちが遅れたことで大きくなりすぎた体。

体に見合わない小さな心。



これではもう、きっと空は飛べない。

飛び立つ勇気を宿す心もない。



仮に飛べたとしても、

周囲との間に出来た周回遅れを取り戻すには、

どれだけの困難が待っていることだろう。



強く逞しい心があれば、きっと乗り越えられる。


でも、巣立ちの遅れた子にはきっと不可能だ。


そんな子にならないように育てるのが親の責任なんだろう。




・・・





などと、勝手に妄想してみた。




…でも、きっとかわいいんだろうなぁ。

かわいくて仕方ないんだと思う。




だから決めた。


僕は、僕の「一番」を子供にしない。


そんなことを思いつつも、

きっと、ほぼ一番ではあるのだけど、

僕はそれを良しとしないことにした。




僕の一番は妻だ。

子供じゃなくて妻。



なぜなら、

僕が何を言ったところで、

妻にとっての一番は子供だ。

僕らの子を、全身全霊で愛することだろう。



だから僕は、そんな彼女のことを一番にしよう。



子供が笑う時、きっと君も笑うだろう。

いつまでも子供が笑っていてくれるよう、君は頑張るのだろう。


だから僕は、そんな君が笑っていられるよう、頑張るよ。



いつか我が子の言動が、

激しく妻を傷つけたとき、

僕は全力で子供を叱ろうと思う。



お前のことを誰よりも愛してくれているお母さんに謝れ!ってね。



そんな風にして、ちょっとくらい金銭的な余裕がなくても

どうか幸せな日々を過ごせたらいいな。





…あれ?



ところで僕を一番に思ってくれる人はどこかな?(笑)

最後ののんびり

明後日で、妻の妊娠も「23週目」に入る。

5月のアタマ頃につわりも収まり、少しずつ生活のリズムも戻


…っていない。




妻曰く「とにかくものすごい眠い」のだそうで、

いまだに基本、午前中は寝て過ごしている。



妊娠中の症状には個人差があり、重い人もいれば軽い人もいる。

普通の生活を送れる人もいれば、まるで病人のようにダウンしてしまう人もいるそうだ。



でも、もうその「つわり」と思われる症状が収まって1ヶ月以上が経つ。


「それでもまだ1日の半分を寝て過ごすの?」なんて思ってしまう自分は

とんでもなく冷たい、ダメな夫なんだろうか。



・・・



ありがたいことに、我が家のご近所は出産ラッシュ中。

貴重なご意見をくださる先輩ママさん達がたくさんいる。

そして言われることは、口をそろえて「今しかできないことをやっておいた方がいいよ!」。



その言葉を受けて、好きだった畑仕事や庭の手入れ、編み物などをするのかと思いきや

「子供が生まれたらロクに寝てられないから」と。


まさかの「睡眠」をチョイス(笑)



まあ仕方ないか…。

既にかれこれ3ヶ月ほど「独身時代」のような朝を送っているが、

まだしばらくは、朝ごはんも家事も期待できなそうなので、

そのへんはコチラでどうにかしますよ。



・・・



でも、ふと考えた。

確かに「ゆっくり眠る」ことができるのは、若い内はこれが最後かもしれない。


だって、男の僕は外に働きに出ることで、

勤務中の数時間は子育てから離れられる訳だし、

仕事に行く以上、そこに支障が無いよう、ある程度の休息を取ることになるだろう。(たぶん)


でも、お母さんとなった彼女は、むこう20年近く、のんびり過ごす時間なんて無いのではないだろうか。

(僕の仕事も決してのんびり過ごしているわけではないんだけど笑)



それを思えば、今の間だけでも

気が済むまで寝ていたって、罰は当たらないような気がしてきた。



なにより、そのお腹の中には、

これからすべてを捧げる相手である、愛しい我が子が、

いつか外に出る日を夢見て眠っているのだ。


・・・


毎日、四六時中、お腹の子に話しかけて、明確に「母性」を持ち始めている彼女。

それに対し、存在こそ分かっているものの、そこに何かしらのアクションを起こせない僕は

まだ「父性」というものが実感として芽生えていないのだと思う。


この「親へのプロセス」において、周回差をつけられてしまっている僕が、

少しでも彼女に追いつくためにできることは、

もしかしたら「母親」となった彼女の行動を尊重してあげることなのかもしれない。


だから思う。

今どれだけダラダラしても、

今どれだけグーグー寝ていてもいい。




どうか、数か月後の秋の日。


元気いっぱいの「二人」に会いたい。


この願いを叶えてもらうためなら、僕はどんな苦労も惜しまない。

名前のこと

妻からも、友人からも時々

「名前ってもう考えてる?」と聞かれる。

そのたびに

「そんなのまだ全然考えてないよ」

と返す。



すいません。


実はウソでした。




僕の手帳には、思いついた名前の走り書きや、

字画の良い名前のリストアップ、

名前に込めたい願いなどが、すでにギッシリ(笑)



でもこのメモ。

実は妊娠が発覚してからのモノではない。


結婚した頃から、まだ見ぬ将来の家族像に向けて、密かに、ずっと考えていた。


でも、お互い口にはしないものの、

子供が出来ないことに少しずつ不安と焦りを感じ始めていたこともあって

僕はこのメモの存在も明かしていなかったのだ。


・・・


今の時代、なかなか第三者には受け入れにくい、

いわゆる「キラキラネーム」というものがある。


時には「正気か?」というような名前も耳にして、

子供がかわいそうだな、とか、馬鹿な親を持つと大変だな、とか

同じ立場に立った事もないくせに、そんなことを考えていた。



でもその名前には、溢れんばかりの両親の愛情や思いが詰まっているのだと思うと、

気安く非難できるものではないよな、と思うようになった今日この頃である。



…まあ、自分はそんな名前は付けないけどね!



正直、名前にどれほどの意味があるのかなんて分からない。


名前は、親が子に与える「最初の愛情」のひとつだ。

大きな愛情が込められていない名前なんて、きっと一つも無いことだろう。


ただし、その子の人生はその子のもので、

その子の人生を狂わすような「愛情の押し付け」はしてはいけない。


ある日「なんでこんな名前を付けたんだ!」なんて言われようものなら

果たして僕は立ち直れるのだろうか。



でも、その子がいつか大きくなって、名前に込められた思いを知った時、

心の底から「嬉しい」と、

そう思ってくれるような名前を付けてあげたいものだ。

声掛けがヘタクソなのだ

今日で17週目。

先週で妊娠5ヶ月に入り、「安定期」と呼ばれる期間に入ったそうだ。


この「安定期」なるもの。

僕はてっきり「体調が安定する」時期なんだと思い込んでいた。

でも実際は、「流産の確立が下がる」という意味での安定なのだそうだ。

・・・

ネット上では「15~16週あたりから少しずつつわりも収まってくる頃…」と目にする。

それなのに、16週目も終わろうという数日前まで、ずーっと調子は悪いままだった。

毎日毎日、「気持ち悪い…」「吐きたいけど出ない…」といった辛そうな症状を耳にする。




それなのに僕は、妻に優しい声掛けができない。

「赤ちゃんが元気に育ってる証拠だよ」とか「もうちょっとの辛抱だから」とかそんなことくらいは言えるんだけど、

「頑張ってくれてありがとう、今日も愛してるよ」だの「苦しいよね…同じツラさを分かってあげられなくてゴメン」みたいな、

そういうセリフにものすごく抵抗がある。


どうやらこれはダメな旦那らしい。

本当にヨソの夫婦は、そんなことを言っているのだろうか…?


出産は人生の一大イベントであり、

男はすべてのプライドを投げ打ってでも、奥さんの心身を優先すべき、なのである。

だから、どんなに腹立たしいことを言われても、

理不尽な態度を取られても、

今はぐっと堪えて、妻が良い気分でいられるようにしてあげようと思っている、し、


本当に必要であるならば、例の歯の浮くようなセリフもいとわない、つもり。

(「考えているという時点でダメ、自然に出て来ないとダメ」なんて言われそうだけど)




そして前述の通り、ここ数日でようやく体調が安定してきているらしく、

やっと笑顔を見せる余裕が出てきたみたいだ。


良かった。

本当に安心した。



思えば2月のアタマ。


「妊娠はしています」

「でも流産しかかっています」

という医師の診断が今でも頭に残る。


喜びと不安の入り交ざる、それはそれは複雑な感情だった。


こうして流れてしまうことなく、今もお腹の中にいてくれることがありがたい。

そして、妻自身が心身の健康を取り戻しつつあることも、心から嬉しく思う。


ひどい体調不良が数ヶ月も続く、なんて本当にツラかったことだろう。

頑張ってくれている妻のことも、お腹の子供のことも、とても愛おしい。




…ん?



言葉には出来ないけれど、どうやら頭の中では似たようなことを考えているんじゃないか。



それならば、ちゃんと伝えなきゃいけないんだろうなぁ。

どんなに深く思っていても、「伝えなければ伝わらない」ことなんていくらでもある。


でも…言いたくない!(笑)



オトナにならなきゃ。


だって「親」になるんだから。


親バカでもバカ親でもいい。


家族をしっかり愛せる親になりたい。

僕はもうすぐ父になる

まだ見ぬ君へ。


このまま順調に時が流れて、少しずつ木々の葉っぱが散り始める頃。
元気な君に会えることを僕は信じています。


どんな顔で、どんな性格で、好きな食べ物とか、ついつい出る仕草とか、
まだなんにも知らないけれど、僕はすでに君のことが愛おしくて堪らないんだ。

そして、大変な思いをして君をこの世に産み落としてくれたであろうお母さんのことも。


どんなことがあっても絶対に、絶対に、守っていくからね。
君たちが笑顔でいられるために頑張るからね。


でも君は、少しずつ大きくなるにつれて「親」というものを鬱陶しく感じるんだろうなあ。
なんといっても僕自身が、自分のお父さんに対してそう思っていたんだからね。


でも今になって気が付くんだ。

あんなに迷惑ばかりかけてしまって、全然愛想も良くなくて、
とうとう最期まで親孝行も出来なかったこんな馬鹿な息子を。

お父さんのお父さんは、きっとすごく愛してくれていたと思うんだ。


本当なら君を、僕のお父さんに会わせたかった。
僕にしてくれたように、君の頭をなでてほしかったな。


でも、こんな気持ちに気付いたのは、お父さんが大人になってからなんだ。

だから、君もいつか大人になるまでは気が付かなくていい。

いつの日か、君が同じ立場になった時、ちょっとだけお酒でも飲みながらそんな話が出来たらいいな。


そんな日が来ることを、まだお母さんが安定期にも入っていない内から考えることが、今の僕の楽しみなのです。